sakaikの日々雑感~日常編

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青函連絡船を青森と函館から見た!

 「♪上野発の夜行列車降りたときから・・・・」

ご存じ『津軽海峡冬景色』の冒頭です。「青函連絡船」という響きにある種の

あこがれを抱きつつ、乗船を果たせないまま廃止となってしまいました。

 今回、記念船として展示されている青森側「八甲田丸」、函館側「摩周丸」の両方を見学してきたので、日記にしたためたいと思います。

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 新幹線で新青森駅まで行きすぎたので、青森まで戻ってきました。港に向かって行き止まるような線路です。改札口につながる陸橋は南端にありますが、きっと青函船に乗る人はそのままホームを北まで歩いて陸橋を越えたのでしょうか。皆、無口で。。

 写真は北端にある陸橋。シャッターが閉まっていて、ホームからは上ることはできません。

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 改札を出てホームに沿って歩いて行くと、北の端に大きな船が見えてきます。八甲田丸。どうしても「泣く子も黙る八甲田丸」などと洒落てみたくなります。

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 受付でお金を払って中に入ると、イルカがお出迎え。するすると順路に沿って中を見ながら、上へ上へと向かいます。てっぺんから見る景色は絶景です。海の先を見たり駅を見たり。

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 そしてなんと言っても八甲田丸で絶対に見ておきたいのが、これ。列車(貨車)をそのまま船に入れて運んでいたところの展示です。話に聞いた程度で「ふぅんそんなもんなのかな」と漠然と思っていた私にとって、その「現場」を見学できるのは興奮モノです。

 何台かの貨車が、薄暗い貨車甲板の中に鎮座していました。陸上を走ってきた貨車が、青森でこの薄暗い船に押し込まれそのまま海を渡って函館に着く。一見ローテクなようで、実はかなり高度で壮大な世界を感じ取りました。これは見られなくなる前に絶対に一度は自分の目で見ておくべき!

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 実は青森での滞在時間は短めだったのですが、かなりの時間をこの貨車甲板で過ごしました。それだけ、「列車をそのまま船に積み込む(持ち上げるとかじゃなくて)」ということのインパクトはありました。


 外に出て八甲田丸の後ろに回ってみると、、、、

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 線路がありますよ! 当時のものなのか再現なのかはわかりませんが、この写真の背中側から来てここを通って、船に押し込まれていったわけです。もう想像しただけで(っていうか想像するしかないのですが)クラクラって来ますよ!

 さすがにこの写真の背中部分は普通の道路になっていて、線路は完全に撤去されているようです。



 一方の函館。青森と同じ日に函館まで到着していたのですが、摩周丸には翌朝イチバンで行きました。

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 八甲田丸とは異なり、摩周丸の後ろには線路はすでにありませんでした。小さいワンブロックを超えたあたりにある地点からJR函館駅方向を見たところ。この背中少し離れたところに摩周丸があります。線路はここまで。

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 摩周丸では、実際の座席やシート(絨毯)に座ってみることができたり、模型やパネルの展示が多くありました。

 中でも、私の目を牽いたのが台風での沈没事故の解説。漠然と「高い位置に列車が乗ったりして不安定だったからよくひっくりかえったんだよ」という話を聞いたと思い込んでいたのですが、全然違いました。

 解説されていた大事故は、台風に巻き込まれてのもの。「空を見て、台風の目はxxxに抜けていると判断し出航した。しかしその空はxxx現象によるもので、実際の台風はまだ通過していなかった」的な解説を見て、科学技術の進歩というのはありがたいものだと痛感しました。

 またそのときの沈没原因も、「鉄道を出し入れする後部のフタに(線路をつなぐ都合上)スキマがあり、そこから水がどんどん入って、最下部のエンジン室を水で埋めてしまった」とのこと。その後、密封できるように改善されたそうです。


 摩周丸では、船長室をうろうろ見ている時に、思いもかけない幸運に恵まれました。

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 腕に3本ラインの入った制服(通信士長?)の方が船内を回ってらっしゃるなーと思っていたのですが、しばらくしたら、10人強のおばあちゃんの集団が船長室に。 数ヶ月ごとに乗っていた方も多くいらっしゃったようで、口次に「懐かしいわ!」「船長室なんて初めて!」などと興奮したご様子。

 全員そろったあたりで、先ほどの通信士長(?)さんが解説を始めてくれました。団体見学の予約で解説とかお願いできるのかしらん?

私も後ろでちゃっかりと聞かせていただきました。

出港時に汽笛を鳴らすこと、船長さんはそれまで左端に居たのが汽笛後には一番前に移動して指揮をとること、離岸するのに昔はタグボートに引っ張ってもらったけど横に動ける仕組みができたこと、面舵と取り舵の角度のこと(「面舵いっぱーーーいい!!」っていうと梶をめいいっぱい切るイメージを持っていたのですが、35度でしたっけ、意外と回す量としては少ないことに驚きました)などなど。

 おもしろい話なので、最後までご一緒したかったのですが、先の予定もあり後ろ髪を引かれる思いで船長室を後にしました。


 その後、受付でも色々お話を聞かせていただきました。例えば、トンネルができても貨物は遅い(列車自体の速度の面と、追い抜き行き違いなどで途中で随分待たされるという面)ので、時間的には、連絡線の方が早いということ。 コンテナの積み卸しと比べて?という私の疑問に対して「話にならないくらい連絡線の貨車の積み卸しは早い」という説明など。 ちょっと最初、とっつきにくい部分もあったのですが、こういったナマのお話を聞かせていただけて、摩周丸にも行ってよかったなぁと思いました。

 やっぱり、訪れた地域、人と話してナンボですよね-。



 そんなわけで、2日のうち(実質20時間以内)に訪れた、両岸の連絡船。それぞれに展示趣向も異なり、両側を見てやっと体験がひとつになったかな、という実感を持ちました。あとは、連絡船にはもう乗れないけど、代わりにフェリーあたりで海を渡れば完成でしょうか。当分そのチャンスはなさそうですが(笑)。


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